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UTAMAP review
SA.RI.NA“2010 USEN J-POP 年間リクエストランキング”1位 「シングルマザー」で大ブレイク! 注目のママさんレゲエ・シンガー SA.RI.NAが ミニアルバム『心−ココロ−』をリリース!
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『心−ココロ−』
『心−ココロ−』 amazonから購入
アルバム
発売:2011.02.09
Village Again
ZLCP-0050
\1,500(税込)
収 録 曲
01.ただひとつ 願いが叶うなら
02.もう大丈夫
03.Happy wedding feat. NUDE MAN
04.魔法のちから
05.秘密の恋
06.君にありがとう feat. 歌nacco
07.幸せの種
08.頑張りやさんのきみへ
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SA.RI.NA official web site

親から教わった事を、自分の子供に伝えていく。それが出来ない世の中になっているから、私はそういう事を歌にしていきたいんですよね。

──そうしたモラル観は、ご自身の中にずっとあったものですか?
まだ父と暮らしていた頃の影響が大きいですね。一緒に出かけても、ゴミがあったら必ず"拾いなさい"と言われました。もう一つのエピソードとして、私が保育園の頃だったかな、ある日、地下鉄のホームで、車椅子の方がいたんですね。今みたいにバリアフリーの時代じゃなくて、駅員さん一人で、階段を上がる事ができない。
うちの父はとても体格の良い人だったんですけど、その時に、車椅子を一人で担いで上がっていっちゃったんです。その光景は今でも鮮明に残ってますね。ゴミを捨てないとか、困っている人がいたら助けるとか、本当に当たり前の事なんですけど、今は、それを教えてあげられない環境だったり、学校でも教えきれないみたいだから、私は、そういう事を歌にしていきたいんです。そうやって、幸せの連鎖みたいなものが生まれたら、少しずつでも、世の中よくなっていける気がします。

特に意識する事なく、物心ついた時にはもう音楽を聴いていたという感じです。

──SA.RI.NAさんの歌は、レゲエを基調したサウンドが主流ですが、音楽の原点と言ったら?
いつも音楽が流れている家だったので、特に意識する事なく、物心ついた時にはもう音楽を聴いていたという感じです。ピアノは4歳から習い始めたんですけど、ずっと楽譜が読めなくて、小学校に入った頃にやめてしまったんですけど、耳で覚えた曲はすぐにピアノで弾く事ができて、いつも、好きな曲をピアノで弾いていました。父が、アナログ・レコードのコレクターで、ビートルズをはじめ、洋楽のアナログ盤がたくさんあったのですが、その中に、ベレス・ハモンドという1970年代から活動しているレゲエ・アーティストの作品があって、すっごく好きでいつも聴いていました。それがレゲエとの出会いですね。当時は、特にジャンルを意識していませんでしたけど。

小学校6年生の時に、学校選抜でパシフィコ横浜大ホールの舞台に。そこからですね、歌うという事を強く意識するようになったのは。

──SA.RI.NAさんご自身がシンガーを志したケッカケは?
小学校6年生の時に、地元・横浜のパシフィコ横浜の大ホールが完成して、横浜市内の小学校から選抜されたメンバーで合唱するというセレモニーがあったんです。世界的にも有名な大友直人さんの指揮で、オーケストラと共演したんですけど、その時に、学校を代表して選抜メンバーに選ばれたというのが原点かもしれないですね。
──学校を代表して選ばれた事で自信がついた?
ずっと歌は好きでしたけど、それまでは、特技と言えるようなものもなく、すっごくアガリ症で人前で喋ったりするのも苦手で。でも、大観衆の前で歌って、テレビの取材も来たりして、人前で歌う事の快感を覚えたと言うか。そこからですね、歌うという事を強く意識するようになったのは。
──学生時代からステージに立っていたそうですが?
学生時代からクラブで歌うようになっていました。美容師として働き始めてからも、ずっとシンガーとしての活動を続けていました。
──そこから「シングル・マザー」でのメジャー・デビューまでは?
まずは、自主制作盤を手売りする所から始めて、その後、インディーズからアルバムをリリースする事ができて、更に、メジャーデビューというお話もいただいて。
──メジャーデビューと言うのは、ご自身にとっては、到達点や目標だったのでしょうか?
特にメジャーデビューしたいとか強く思った事はなかったんです。歌を歌うというのは、高校時代からずっと続けて来た事で、これから先も、ずっと同じように続けていくものだと思っていたので。メジャーからのリリースというのは、本当に幸運だったと思います。より多くの方に私の歌を聴いていただけるようになったというのは、本当にうれしいですね。今は、美容師の仕事は辞めて、音楽一本の生活になったのですが、チームとして動く中で、大きな責任を感じています。でも、私は本当に人に恵まれていると思います。子育てを優先しながら、音楽が続けられる。そういう環境を与えて貰っている事に本当に感謝しています。

一人一人が、周囲への感謝の気持ちを忘れなければ、きっと、イヤな事件は減ると思うんです。そこまで大きな影響力はないとは思うんですけど、一人でも多くの人が優しい気持ちになってくれたら。

──いよいよ『心−ココロ−』がリリースに。この作品を通して、みんなとどんな事を共有したいですか?
人は、自分一人では大きくなれないわけで、自分を育ててくれた人に対して、ちゃんとリスペクトを持って生きていかなくちゃいけないと思うんです。一人一人が、周囲への感謝の気持ちを忘れなければ、きっと、イヤな事件は減ると思うんです。そこまで大きな影響力はないとは思うんですけど、一人でも多くの人が優しい気持ちになってくれたらいいなって、純粋にそう思いますね。そこがすごく大事。
──色々な事を考えるキッカケになったら、という感じ?
なってくれたらうれしいですね。2曲目の「もう大丈夫」が、今回のアルバムのリードトラックになるんですけど、お母さんに宛てた手紙のような内容で、レコーディングの時は、こみあげてきて歌えなくなっちゃったんです。親に対しての色々な気持ちが入っていて、例えば、結婚披露宴なんかでも使っていただけるような曲なんですけど、本当に、家族というのは愛や絆で繋がっているものなんだなぁと改めて感じたし、どんな世代の方にも、是非聴いてほしい1曲です。
──大飛躍の後での新年スタート。今年はどんな抱負を?
今も随時、楽曲を制作していて、年内にまたミニアルバムを出せればと思っています。ライヴも計画中です。時代に流されず、私は私のスタンスで、細く長くやっていければいいなと思っています。歌詞に関しても、自分の中のわかりやすい表現で、ずっと書いてきたので、そのスタイルを変えずに、嘘のないリリックをずっと書いていけたらと思っています。
──細く長く…とは、30代、40代、50代のイメージがある?
50歳になっても歌えていたらイイですよね。全く想像はつかないですけど、でも、私の地元の横浜では、50代、60代の方でもガンガン歌っているクラブやバーがあって、皆さん、すっごくカッコイイんですよ。私もそんな生き方ができたらなと思います。

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March 4, 2011
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