これまでも何度も書いてきたことではあるが、倖田來未は“変化”を続けるアーティストである。彼女自身、常々「変わることを否定的に捉える人もいるけれども、私は変化がなければ成長も進化もないと思ってる」と語っているように、どんな時でも後ろを振り返らず、新しい世界へと飛び込んできた。それは、向上心の強さの現れと言っていい。常に新しく刺激的な人と仕事をすることが、彼女の音楽性を磨き上げてきたことは間違いないだろう。
今年2月に発売したオリジナルアルバム『Bon Voyage』を引っ提げ、2カ国51公演のロングランとなるホールツアーを開催中の彼女。多忙なスケジュールの合間を縫って制作されたのが、恒例のサマーシングル「HOTEL」である。昨年のサマーシングル「Summer Trip」では、ブラック・アイド・ピーズを手がける映像作家/コリオグラファーのファティマ・ロビンソンとのコラボを中心にLAでのレコーディングが敢行されるなど、「1年の中でいちばん大事にしている夏のシングルで、新しいスパイスを入れた」作品になっていたが、今作もまた、新しい風を吹かせている。
倖田來未(以下、倖田):これまでの夏のシングルが“HOTな夏”だとしたら、今回は“COOL SUMMER”がテーマ。力んで頑張ってる雰囲気よりも、あくまでも音楽を楽しんでるっていう気持ちを伝えたいなって思ったんですね。スタッフとも、いい意味で、力の抜けた、リラックスしている女性観で創れたらいいよねって話してて。だから、ちょっと涼しい夏を意識出来るような楽曲だったり、Music Videoだったり、ジャケ写だったりになってます。
表題曲「HOTEL」は、レゲエ、ソウル、R&B、ヒップホップなどを基調に、ダンスフロアからラウンジまで幅広く心地よく鳴り響くサウンドとなっている。ゴージャスながらも清涼なシンセと幾重にも重なり合い色付けされたコーラス。リラクゼーションを誘うミッドテンポのダンストラックに絡み合う、セクシャルながらも肩の力の抜けたヴォーカルは、これまでに見せたことのない一面だ。
倖田:アルバムに続いて、今回もまた、新しい倖田來未の顔が見たいって思ったんです。普通に考えれば、2曲目の「MONEY IN MY BAG」の方が“ザ・倖田來未”っていう感じがするけど、私もファンも想定内のものでは、おもしろくないなって思って。そういう意味では、「HOTEL」は、いわゆる倖田來未らしい楽曲のカテゴリーには入ってない曲だったけど、やりきってみたいなって思ったんですね。歌詞を書いて、歌入れをして、衣装やメイクを決めて、フリを入れて、MVを撮って、ジャケ写を撮って……。塗り絵みたいに、どんどん色付けていくことで自分の世界観に近づいていった。最終的に自分で納得のいく1曲に仕上がったのは、最初に塗り絵の下地となる楽曲を見つけてくれたスタッフはもちろん、スタイリストさんやヘアメイクさん、コリオグラファーや監督さんがいてくれたからだなって思いますね。
コンシェルジュにポーターに客室係。どんなに素晴らしいホテルでもオーナーひとりでは運営できないように、彼女が創り上げた「HOTEL」にも様々な優れたスタッフが参加し、それぞれがクリエイエティヴィティを発揮している。
倖田:例えば、今回、ダンサーさん6人に振り付けをお願いして、その中から楽曲の世界観に合ったフリを選んでて。MVの中盤に黄色い空間で踊ってるダンスがあるんだけど、あのフリを見たときに、この曲はヒップホップにも聴こえるサウンドなんだなっていう新しい発見もあったんですよね。スニーカーで女性らしいアレンジで踊ってるシーンも新鮮だった。要は、オーナーは私だけど、常にみんなの意見を聞いて成長していこう、前に進んでいこうっていうのが、この“Kumi's Hotel”のポリシーだと思う。歌詞と映像は、文句のつけどころがない、快適に過ごせるホテルの中には、あなたの知らない空間があるっていうテーマで創ってて。さわやかな空間もあれば、また違った部屋も用意しているし、倖田來未らしいセクしーさもある。今年の夏は、倖田來未というホテルで、ぜひみなさんに遊んで欲しいなと思います。
続く「MONEY IN MY BACK」はすでに彼女が語っているように“ザ・倖田來未”といえる、女性上位のヒップホップナンバーだ。
倖田:倖田來未というホテルはどこにあるか?と聞かれたら、やっぱりライブだと思うんですね。当然、倖田來未の楽曲選びの根本にあるのはライブで、この曲はライブで歌ったら絶対に盛り上がるなって思ったんです。歌詞も、とてもやんちゃな女性の表現になってて。私のことが好きなら、お金を鞄に詰め込んでねって。私の価値を計るのは、お金だ、と。が一番わかりやすいわ。って相手からの評価を知るには、プレゼントが最適で、その人 が持ってるもの、全てをくれないとイヤよっていう歌詞になってますね(笑)。
MVの監督は、沢山の作品を作って頂いているセキ☆リュウジさんで、夜のビカビカな工場地帯を背景に、船上で撮影して。こっちもヒールではなく、スニーカーで踊ってるんですけど、足を180°開脚するシーンでは大きなアザを作ってしまって大変でした。オシャレはガマンと一緒で、いいものを創るにはガマンが大事(笑)。私の好きなHIP HOPのエッセンスの入った激しい楽曲の最新バージョン。
さらに、3曲目にはストリングスとアコギが優しく心に寄り添うスロウテンポのR&Bナンバー「TURN AROUN」が収録されている。
倖田:もしも彼がいなくなってしまったら……当たり前に思っていた日常の些細なやり取りがなくなってしまったときに、どんな思いになるかなって想像しながら書きましたね。全てが愛おしかったのに、それはもう過去の夏の思い出になってしまっている。記憶は残ってるけど、もう一度、あなたに振り向いてほしいっていう、切ない女の子の想いを歌った楽曲です。
この曲でも彼女は新しい唱法にチャレンジしている。倖田來未といえば、エモーショナルに歌い上げるシンガーであるが、ここでは、あえて力を抜き、表面的には静かに、内面で熱い感情を表現している。特にハイトーンの抜けの心地よさがたまらない。インタールードも含め、全編かけっぱなしにしていても心が安らぐようなサウンドメイクは抜群で、耳を澄ませば澄ましただけ、ちゃんと感情の陰影に触れてくる曲の構成や深みが表現されている。この、新しい出会いによって生まれた1枚は、新しいリスナーをも引き寄せる力を持っているのではないかと思う。ぜひ、リラックスしながら聴いて、慌ただしい日々をスロウダウンしてもらいたい。
バカンシーなドレスを身に纏った倖田來未がショートトリップへと誘う。イントロ〜インタールードによって目の前の風景が変わり、色彩も変わる。
「HOTEL」でリゾート気分を味わい、「Money in Back」で少しだけハメを外したドライブへと出かけ、「TURN AROUD」で海沿いの夕暮れの風に触れる。「HOTEL」は聴くだけで南国のバカンスへと飛んでいける1枚となっている。
この夏、倖田來未が、曲、歌詞、ダンス、衣装、写真、映像と細部にわたってこだわって作り上げた「HOTEL」へ訪れてみて欲しい。
TEXT BY 永堀アツオ