デビュー20周年を迎え、3年ぶりとなるオリジナルアルバム『Tokyo Mermaid』をリリースしたKOKIAに直撃インタビュー。本人いわく「どんなアルバムになるか創りながら少しずつ形どっていくと、どうやら今回はここ、東京という光に夢を抱いて集まってきた人々の模様を描きたくなりました」という14の物語を収録。ヨーロッパなど海外からも高く評価されている表現力に富んだ変幻自在の歌声と、アコースティックな楽器を中心とした温もりあるサウンドがすっと耳に馴染み、シンプルで心に残るメッセージと相まって自然と気持ちが癒される1枚だ。ブログに綴られているレコーディングダイアリーを元に話を進めると、自身の根幹を成す音楽観を交えながらアルバムに込めた想いをジックリ語ってくれた。「ブレずにKOKIAというアーティストの人生を歩んでいるんだなっと」。KOKIAとして20年間走り続けてきた、まさにその想いが凝縮された作品に仕上がったようだ。
──ニューアルバム『Tokyo Mermaid』がリリースとなります。資料に「どんなアルバムになるか創りながら少しずつ形どっていくと、どうやら今回はここ、東京という光に夢を抱いて集まってきた人々の模様を描きたくなりました」とありました。そう思ったキッカケをお聞かせ頂けますか?
私は東京生まれの東京育ちで、今も東京に住んでいます。今回は20周年記念アルバムという事で、制作をする部屋で何を書こうかなと想いを馳せていたら窓の外の東京の風景が目に入ってきたんですね。いつもこの東京の光の中で夢を追いかけていたんだなと思ったら、20年間走り続けてきた私の想いと、その東京の風景がすごくシンクロしたんですね。私も夢を抱いている小さな光の1つなんだなって。その小さな光の1つ1つに物語があって、その集合体が東京だとすると、私たちは皆東京で夢見る「Mermaid」なんだなと頭に浮かんだのがキッカケですね。
──「Mermaid」というのは?
主人公が夢を見る物語としては、『人魚姫』は有名ですよね。最後は泡になってしまいますけど、すごく詩的で素敵なお話ですね。夢を抱いている人を「Mermaid」と称するのは詩的で美しいなと思いましたし、『Tokyo Mermaid』というタイトルは私らしい響きだなと思いました。
──アルバムタイトルは、制作のどんなタイミングで決められたのですか?
おそらく収録曲の8割程を書き終えていた段階だったと思います。これまでの私はアルバムタイトルに繋がるようなコンセプトを決めてから、それにハマる曲を書くことが多かったのですが、今回はレアケースで、自由に書き進めた曲を並べてから共通したメッセージというかイメージを見つけ、タイトルはその後に決めました。
──何故そういう制作方法を?
今回のアルバムに向けて曲を書き始める時に、はじめはとても苦戦したんです。デビュー20周年の節目にリリースするアルバムだから、ファンの皆さんにすごく注目されると勝手に身構えてしまって、「私は何を提示したらいいのだろう?」と悩みました。それで、いろんな事を考えて一巡して戻ってきたところは、KOKIAとして私は20年間歩んで来たのだから、その時間の中でそれなりに、経験を積んできたはず。ワインに例えるなら、熟成した、今が飲み頃を迎える感じがあるはずなので、20周年だから何をださなきゃいけない!とかそういうことを意識し過ぎずに、書きたい曲を書いてみたらいいのかなって。その気持ちに辿り着いたら、すーっと自然に曲が出てくるようになり、最初に生まれた曲が「お化けが怖いなんて」でした。この曲が出来た時に「自由でいいんだな」と何か見えた気がして、そこから書き進めて行けた気がします。
──収録曲はどのように決められたのでしょうか?
新曲を30曲ぐらい書き下ろして、その中から14曲を選びました。私は寿司職人さんのようなところがあって。必ずというわけでもないのですが、鮮度が命みたいな感覚があって、多くの曲を書いていても、時間が経つとなにか気持ちの鮮度がなくなってしまうようで、古い曲で固めたアルバムは発表したいと思いません。「もったいないから収録すればいいのに」とよく言われるのですが、どうしても毎回、アルバムを作る時はまずは全曲新曲を書きたくなりますし、『Tokyo Mermaid』が完成した今も、もう既に新しい曲を書きたくなっています。「次のアルバムはこんなのがいいかも」と先の事まで考えてしまう、そういうたちなんですよね。
──ブログには昨年5月から曲作りを始めたとありました。
そうですね。夏にはレコーディングに入って、そこから緩やかに、時間を掛けて制作させて頂きました。季節が移り変わる中で今年3月までレコーディングしていました。そのため、夏に書いた曲はすでに自分の中で古い気がしてしまって、「ちょっと違うかなあ?」と思いもしましたけど、逆にその想いも含めて20周年の春に向けて移ろう気持ちがこのアルバムに表れていていいなと思っています。
──ブログには、お子さんが現在2歳とありました。今作は『I FOUND YOU』から3年ぶりのオリジナルアルバムとなり、お子さんの誕生が前作からの大きな変化のように思います。育児をされながらのアルバム制作はいかがでしたか?
実は出産の前後も休まず、ずっと仕事をしてきています。子供が生まれてからは単純に時間が足りない!と感じることが多くなりましたけど、限られた時間で終わらせるという状況が、私を以前以上に効率よくやろうという意識にさせたようで、その辺は上手くやっている方だと思います。コンピューターで言ったらハイスペックになるみたいな(笑)。それにどこかで制限が掛かると、その時間の中で終わらせなければいけないという気持ちになりますよね。私たちの仕事はゴールが見えずに突き詰め過ぎてしまうところもありますけど、夕方6時には保育園に迎えに行かなければいけない、息子と遊ばなければいけないと考えると、日々のゴールがハッキリ見えていて、その限られた時間の中で1日の目標を達成するという作業は私は割と好きでした。
──お子さんと一緒に過ごす中から生まれた曲はありますか?
収録曲では「Hello」がまさに息子の事を歌っています。
──歌詞にある「羨ましいほどの笑顔」というのは。
息子の事です。息子に学んで生まれたような曲ですね。大人が気付かないような単純な事を、子供はナチュラルに教えてくれますよね。この歌詞はまさに息子との日々の中で、彼から学んだ事をそのまま書いた感じがします。特に20周年に向けて、いつもより仕事が忙しい事もあって、私がギスギスざわざわしてしまいがちな時も(笑)。そういう中で、息子の表情や口にする言葉から学ぶ事がとても多くて、この「Hello」のようなハッピーソングが生まれました。
一方で、自分の中には母としての顔ではなく、真逆の気持ちが強く存在する事も発見しました。結婚、出産、子育てという大きな変化を経ても、自分の中にシンガーソングライターを辞めるという選択肢は全く無かったなと気付きました。ブレずにKOKIAというアーティストの人生を歩んでいるんだなっと。もしかしたら、母親としての自分とKOKIAのスイッチは別建てであるように思います。日々成長する息子の要求が少しずつ増えて行く中で、母としてもちろん出来る限り応えてあげたいと頑張っています。一方でKOKIAとしてやるべきことがあったらそれは絶対に譲りたくないと思う自分もいて、面白いなと思いました。
──母親とアーティストという二役の折り合いを付けながら『Tokyo Mermaid』が完成した訳ですね。そんな今作の幕開けを飾るのは、先程のお話にあった「お化けが怖いなんて」です。インパクトのあるタイトルですが、歌詞はどんなところから発想されたんですか?
「曲が先ですか?歌詞が先ですか?」とよく聞かれますが、私は曲が先、歌詞が先、同時という3パターンあります。この曲は同時タイプで、自分の想いがパッと出た感じです。「お化けが怖いなんて」という言葉からあえて時間で言うなら、3分程で書き終えました。出会いと別れを繰り返す中で会いたいなと思う人、人には話さずとも心に抱えている大切な思い出が、誰しも絶対にあるはずです。特に年齢を重ねてゆくと、過去を回想する事が多くなるような気がして、その時間を肯定してあげられる曲があったら、気持ちが楽になるのではないかと思って、この歌が生まれました。
──その「お化けが怖いなんて」とラストナンバーの「最後の眠り」は、テーマが繋がっているように感じました。
アルバムをリピートして聴いてくださる方もいると思ったので、「最後の眠り」の天国に旅立って行くというテーマで終わり、そこから1曲目「お化けが怖いなんて」に戻った時に会えない人への想いを募らせるという、その物語が繋がっていく感じが東京の日々のようでいいかなと曲の置き位置を考えました。私の歌はどのようにして前に進んで行くかという愛のテーマが多いのですが、生きる事にフォーカルしたい場合、死を語る事はとても大事な要素だと思っています。
──死も大事なテーマ?
そうです。だって絶対に避けられない皆に共通したイベントですから。死を意識する事で今自分はどうしたら輝けるのかを常に考えています。今回のアルバムでは20年の間に亡くなった人の事も思い、死というテーマを見つめながら、生きるとはどういうことなのかを考えました。今の自分、この先の自分、ひいては私の作品を聴いた方々に向けて、どう前向きに進んで行くのかという事を総合的に歌っています。生まれてくる事と同じぐらい日常なのに、死についてはあまり話されないのが私にとっては違和感があって。だから、「お化けが怖いなんて」も「最後の眠り」も死を連想させるようなテーマを描いていますけど、曲調はあくまでも明るめにというのはすごく大事にしています。
──「天気がいい ビール飲もう」は、晴天の休日に聴いたら即行でビールが飲みたくなると思います。ちなみにKOKIAさんはビール党ですか?
ビール党ではないですけどお酒は飲みます。やっぱり天気がいい日はビールが飲みたくなりますね(笑)。それとコンサートの後も (笑)。歌う時は数日前からお酒を飲みませんから、終わった後のビールが格別です(笑)。
──この曲を聴くとすごくリラックスできます。仕事前には向いていませんが(笑)。
さぼっちゃったらいいのにと促していますからね(笑)。
──また、「Aliens 〜宇宙人わかりました〜」では「頭おかしいミュージシャン そんな扱いなの」というフレーズが気になりました。この「ミュージシャン」はご自身の事ですか?
そうですね。同じ日本語で喋っていても話が通じなかったり、逆にこちらが理解出来なかったり、そういう状況を宇宙人に例えて笑いにしながら曲にしたためました。また、裏をかかずにそのままの意味として、宇宙人がいるかもしれないという、その両方がテーマになっています。
──歌詞で言うと「精霊の舞〜Dance of the Spirit」が、とても耳に残ります。外国語のように聞こえますが、クレジットには「KOKIAn Language」とあります。どういう言語でしょうか?
私の代表曲の1つ「調和」から始まっている作詞手法です。言葉は伝達手段としては便利なツールですが、音楽に乗せた時に歌詞が無いほうが、もっとミステリアスでイマジネーションを掻き立てるのではないかと思っています。ただ、私はボーカリストであるので歌詞が無いと歌い辛いんですよね。ラララやアーで歌う事もありますけど、それよりも意味を感じられて、でも断定的なイメージを与えない歌詞を作りたいなと思い付いたのが「KOKIAn LANGUAGE」です。まず、普段通りに歌詞を書きます。その作業というのは、曲を通して言いたい想いを決める作業です。書き終わった歌詞を今度はアルファベットで書いて、組み換え直すんです。そうやって歌詞を作ってゆきます。
──物凄く手間の掛かる作業ですね。
確かにそうですね。でも、そうするとハナモゲラ語で滅茶苦茶に歌うのとは確実に違い、音感に意思が生まれます。ハナモゲラ語はそもそも言葉に意味が無いから、言霊というか完全に魂がこもらないんです。歌詞をアルファベットに組み替えて、自分で言葉や響きを作って行くと、違う音感でも最初に日本語で書いた歌詞の想いが乗ってくるんです。多分ハナモゲラ語だったら耳に残らず単なる音として流れて行くと思います。だから、まず歌詞を書いて組み替える作業が大事で、そうすると私が伝えたい想いとリスナーが想像する面白さが重なって、不思議な世界観を見い出せるんですね。この曲はTVアニメ『魔法使いの嫁』の挿入歌ですけど、「KOKIAn LANGUAGE」をご存知だったスタッフの方が「KOKIAさんなら魔女みたいな曲が書けるから」とオファーしてくれて(笑)。それならばとこの手法で書いてみました。
──また、「ピエロの夢」と「tori」は3月にアコーディオン録音をされていて、「今日は久しぶりの同録です」とありました。
毎回最後の最後にアルバム全体を俯瞰で見て、曲を足したり入れ替えたりします。そうすることでアルバムがシュッとまとまる事が多いから重要な作業なんです。今回はその作業を経て「ピエロの夢」、「tori」、「最後の眠り」を足しました。
その3月のレコーディングでは歌も同時に録っています。ちなみに「最後の眠り」も同録です。同録は相手ありきで、間違ってはいけないという、1発勝負というところがあり、お互いに息遣いを感じながらレコーディングするのでコンサートに近い緊張感が走りますね。なので、同録は私のポテンシャルが輝く瞬間というか、やっぱり私らしいのかなと思います。
──アコーディオンとの同録にこだわりが?
今までもバンドの中でアコーディオンが出てくる事はありましたけど、1対1みたいにメインにアコーディオンをおいてレコーディングするのは初めてでした。アコーディオンの田ノ岡さんは、「ピエロの夢」という曲が生まれる前から4月に開催される20周年記念コンサートで演奏して頂く事は決まっていました。コンサートでご一緒する事を考えたらアコーディオンがメインの曲がアルバムに入っていたら世界に統一感が生まれて素敵だなと考えていた矢先に、ビクターさんとの打ち合わせの帰りに出来た曲が「ピエロの夢」です(笑)。
──コンサートのセットリストに入れたい曲、歌い継いで行きたい曲が、アルバムの中に必ず1曲あると伺いました。それに当たる曲が今作では「音のアルバム」だそうですが?
コンサートで歌う曲は自分の気持ちとシンクロする事ですごくパワーを発揮すると思っています。なので、例えば大きな愛など不変的なテーマの曲はいつ歌っても共感できるから、コンサートで歌い継ぐように心がけています。「Remember the kiss」、「moment〜今を生きる〜」、「INFINITY」と代表曲を上げて行っても、その根底にあるテーマは同じ方向を向いています。他にも様々な曲を沢山書いていますけど、コンサートのセットリストを組んで行く時にそういう曲をピックアップする事が多いですね。
──ブログの写真を見て、「いつかこの子たちが 親となって同じように/愛する家族の幸せ 祈るように」という歌詞の想いがより一層心に響きました。
不思議ですけど、そういうテーマは子供を産むとか、産んだとか関係なく、そんなことを想像もしなかった若い時に書いた昔の曲から、自分の中にあった感覚なんですよね。いつか自分が亡くなっても歌い継がれて行く作品を紡いで行きたいという想いは、そもそものアーティストの在り方として自分の中ですごく重要なポイントです。
──音を紡ぐ事、残す事は、思想を残す事ともブログに書かれていました。
音楽も含めた芸術全般的に、亡くなってから認められる人も多いですけど、生きている間に生きている人に届けたい。それを自分で見届けたいと願っています。その先のことは人が人を通して、良きものであれば、きっと、次の世代に渡されてゆく、残されてゆくことになると思うし。
実は、この「音のアルバム」の歌詞に、今回のアルバムで一番重要なコンセプトを載せておいたんです。「音楽にのせて 時代はめぐるよ/ミュージシャン達が 魔法をかけるよ」って。偶然かもしれませんが、ミュージシャンとマジシャンという言葉はすごく似ていますし、私は真剣にミュージシャンはマジシャンだよなと思っています。音楽で人々に魔法をかけていきたいという想いはずっとあって、特にコンサートは観客の皆さんにダイレクトに魔法をかけられる瞬間です。だから、20周年記念コンサートのタイトルも、皆さんが想像する以上に音楽は素敵な魔法をかけられるという意味を込めて「Beyond Imagination」としています。
──『Tokyo Mermaid』は20周年記念アルバムとなりますが、この20年間でCDから配信ダウンロードそしてストリーミング、更にはSNSも登場し、音楽を取り巻く状況が激変しているように思います。そういう変化の中で20周年を迎えられて、どんなお気持ちでしょうか?
すごくナチュラルに20周年を迎えている自分がいます。妙な言い方ですが、30周年、40周年も多分ナチュラルに迎えている気がしています。自分の得意とする事があって、それが仕事になって、またその仕事が好きでというトリプルラッキーな状態で、自分の人生はきっとこのまま進んで行くに違いないと思っています。プライベートも仕事面でも必ずしも楽しい事ばかりでは無いですけれど、そういう困難も含めて全部KOKIAでいられて幸せだなと思える自分がいるので、そうして人生をこのまま走り抜けて行くのかなと思います。
取材・文:岡村直明