「Love Story」や「ALL FOR YOU」、「Tempest」しかり。安室奈美恵が歌うバラードの根底にはいつも、芯の強い女性のイメージが必ずある。強さの裏に隠された弱さや悲しみ。強く生きるがゆえの切ない決意。だからこそ安室奈美恵の歌うバラードは、ただ弱さや喪失を嘆くバラードよりも胸の奥に染み渡り、今を生き抜く多くの女性たちの共感を呼ぶのだと思う。ニューシングル「TSUKI」はまさにそんな、待望のバラード曲である。
バラードとはいえ、確かにオリエンタルな気配を纏ったメロディーや、月の輝きを思わせるハープやシンセの音色は、限りなく切なく響く。けれど歌詞に描かれた月を見上げる視線や、トラックを支える鼓動のような温かなビートは、小さな希望を信じて“今”を生きる健気な強さに満ちている。
「バラードというと悲しい感じや失恋をイメージしがちですよね。だけど「TSUKI」は、サウンド的にそういう繊細な印象はあるけど、詞の世界観は前向きなのかなと思うんです。なので悲しい顔や切ない顔じゃなく、笑顔で、明るく歌えたらなと思っていました」
彼女がそう語るのは、「TSUKI」が、実話から生まれた映画“抱きしめたい−真実の物語−”の主題歌として書き下ろされた1曲だという点にある。物語の主人公は、苦難に負けることなく懸命に愛を信じて生きる前向きな女性。つまり、「TSUKI」を歌う安室奈美恵の歌声から感じる温かさや強さは、主人公の女性の生きざまそのものでもあるのだ。
さらに今作には、EDMに寄ったアルバム『FEEL』の流れを汲む、エレクトロポップな「Neonlight Lipstick」と「Ballerina」の2曲も収録。白雪姫をモチーフにした、ファンタジックなミュージック・ビデオも印象的な「Neonlight Lipstick」は、コーセーのCM曲としても注目を集めた挑発的なハウスチューン。R&Bの要素も感じる歯切れのいいボーカルと、幾重にもレイヤードされていくコーラス。そこに切迫したシンセ音がたたみかけるように鳴り響くこの曲は、24都市24会場44公演で約24万人を動員した全国ツアー“namie amuro FEEL tour 2013”でもいち早く披露され、大いに会場を沸かせた。
グッチとのコラボレーションによる映像も話題を呼んだ「Ballerina」は、ビープ音やひずんだチェンバロの音色が退廃的なムードを醸し出す、フューチャリスティックなEDMチューン。次々と表情を変える歌声と、ステージの上で歌い踊る安室奈美恵のアティチュードを彷彿とさせるリリックとが相まって、単なる享楽的なEDM とは一線を画す力強いメッセージを放つ。
『FEEL』で示した方向性はこの先どうなるのか?エッジィなサウンドに挑み続けている安室奈美恵だからこそ、2014年の第一弾作となる「TSUKI」にそのヒントが隠されているか否かは、きっと皆が最も気になるところではないかと思う。
例えば、エレクトロなベクトルをさらに深く追求していくのか?あるいは、ここ2年ぐらいR&B 界で再注目されているオーガニックでクラシカルなサウンドへと転換していくのか?もしくは、そのどちらでもないまた新たな方向性を模索するのか?
オリエンタルで美しい旋律が印象的なバラード「TSUKI」と、エレクトロポップな「Neonlight Lipstick」や「Ballerina」は、エレクトロな質感こそ一貫しているが、明らかにサウンドの方向性は異なっている。だがいずれにせよ、「TSUKI」に収められている3曲に共通するのは紛れもなく“強さ”である。この先彼女がどういう方向に進むとしても、その芯の部分だけはこれからもきっと、変わることはないだろうと確信している。
text:早川加奈子