プロの歌手がカラオケで歌ったら、果たして何点とれるのだろうかという企画が、テレビのヒット番組を生み出した。ただその番組にアーティストとして出るのは賛否両論、やかましい意見もあるところだろう。しかし番組に捨て身で出演したMay J.はそういった雑音を実力で黙らせ、“無敗の歌姫May J.”の異名をとり、いとも簡単に番組の目玉になってしまった。しかもそこから、今まで彼女のことを全く知らなかった人々が、彼女のヴォーカリストとしての実力とその美貌に魅せられ、どんどんファンになっていったのだ。番組には凄い反響が寄せられたという。本人曰く“もうダメだって思った瞬間も何度もある”という決して順風満帆だけではなかった道のりを経て、幸運の女神は思わぬ場所から微笑んできた。デビュー当時から折り紙つきだった彼女の歌唱力が、思わぬ場所に新しい扉を開いた瞬間だった。その番組の人気に後押しされるかのように、カヴァー・アルバムが大ヒットし、そして満を持してのオリジナル・バラードアルバム『Love Ballad』がリリース…ということで、本人を直撃インタビューすると、そこには進化した、新しいMay J.がいた。
──今日は10月23日リリースのニューアルバム『Love Ballad』についてお聞きしますが、その前に、まずは前作のカヴァー・アルバム『Summer Ballad Covers』が30万枚のセールスということで、大ヒットおめでとうございます。
May J.(以下M):ありがとうございます。
──率直にいって、どんなお気持ちですか?
M:そもそもカヴァー・アルバムを作ることになったのは、皆さんご存知のバラエティ番組の企画で色々な曲を歌わさせて頂いたところ、放送直後に、毎回反響が凄かったというのがありました。その中に、カヴァー・アルバムを出して欲しいというリクエストも沢山頂きました。そうしたリクエストにしっかりお応えしたいということで、カヴァー・アルバムを作ることになりました。ですからカヴァー曲を聴きたいとリクエストしてくれた皆さんに、しっかりと届けることが出来て、本当に嬉しく思っています。
──May J.さんの最近のアルバムを、そのコンセプトで簡単に辿って行くと、まず『SEACRET DIARY』では人に言えなかったことをさらけ出したというお話があり、次の『Brave』ではチャレンジしていく勇気を感じて欲しいというメッセージがありました。そうした作品ごとにコンセプトを定めて、きちんとステップ・アップしていくというか、コンセプト通りに進化しているように思いますが、ご自身ではその辺をどう感じていますか?
M:そうですね。いま出た2作を作った頃は、オリジナルという部分で、自分の中にあるものをすべてさらけ出さなければいけない時期でした。それをしないと、リスナーの皆さんと本当に繋がることが出来ないと思っていたので、怖がらずに自分を出していったのです。そして、そのあとに来たのがカヴァー・アルバムのお話でした。カヴァー・アルバムは収録曲全部が自分で作詞をした曲ではないので、まずはもとからある曲の歌詞を読み込んで、その曲をどれだけ自分のものに出来るかというところで凄く努力しました。歌詞を読み込むことで、自分なりにしっかりと解釈をして、歌う時にはこういうイメージで歌いたいということを自分の中で作ってから歌いました。でも、こういう取り組み方ができたのも、その前のアルバムで、自分で歌詞を書いて全てをさらけ出すというプロセスがあったからこそだと思います。その経験があったから、カヴァー曲でも自分の世界観をしっかりと出すということが出来たのだと思います。アルバムを聴いて頂いた皆さんに、そういう思いも届いていたら嬉しいですね。
──その大ヒットを受けてのニューアルバムですが、こちらは『Love Ballad』というタイトルのオリジナル・バラードアルバムです。まず、制作はいつ頃から始められたのですか?
M:実はカヴァー・アルバムと同時くらいなんです。
──かなり早い?
M:そうですね。この春には、すでに制作にかかっていました。もともと曲はずっとためていました。さらにカヴァーを出した次は、アルバムかもしくはミニアルバムかというところで、自分の曲にもいい曲があることをしっかりと伝えようと思っていました。それに備えて、曲を色々な方に書いて頂いて、プリ・プロダクションをして、用意していました。
──『Love Ballad』のコンセプトは、どのように決まったのですか?
M:前作の『Summer Ballad Covers』はその名の通り全曲バラードで、なぜそうしたかというと、番組で歌った曲が殆どバラードで、スローテンポの曲が多かったからです。そういった部分で、今回のアルバムを作るときも、リスナーの方が求めているのがバラードなんじゃないかと思ったのです。今まで自分が歌ってきたジャンルというかカテゴリーでは、結構早いテンポの曲もあるし、色々バラエティ豊かにやってきたのですが、テレビ番組に出たことから、本当にリスナーの年齢の幅が広がりました。小さいお子さんから、そのお父さんお母さん、お爺ちゃん、お婆ちゃんまで、番組を見て、そこから私の歌声を知ってくださった方が増えたのです。そういう方々にしっかり伝えるには、やっぱりバラードが一番皆さんの心に届けられると思い“Love Ballad”に決めました。
──今回のアルバムは7曲入りで、うち2曲がカヴァー曲です。制作にあたって、特に意識されてことはありますか?
M:リリースが10月、秋冬に向けてちょっと肌寒くなる頃なので、そういう時期に温かくなれるようなラブソングを作りたいと思っていました。だから全曲、ラブがテーマになっているのですが、ただそのラブにも色々なラブがあって、恋人関係だけじゃなくて、家族だったり、仲間や友達だったり、自分が今感じているラブはもちろん、自分がラブを感じることを想像してもらって、それぞれの大切な人を思い描きながら聴いて欲しいというコンセプトで作りました。
──収録されている楽曲は切ない感じの曲調ですが、歌詞は意外にも幸せ全開モードが多いですね。
M:そうですね。失恋ソングは全くないですね。例えば「Lovin' you」は、辛い思いをしてきたけど、やっと本当の愛を見つけた。その愛をずっと大切にしたい、ずっとこの人と一緒にいたいという強い決心を歌っています。この人と結婚して、一生一緒にいたいという気持ちです。あるいは「Eternally」だったら、この曲は実際に今年、私の友達が結婚したのですが、その友達に曲を書きたいという思いがあって生まれたもので、アルバム「Brave」にも収録した曲です。それを今回、ウエディング・バージョンに仕立て直しました。また「きみの唄」は、凄く切なく聴こえるのですが、歌詞が描いているのは、自分の弱い部分や完璧じゃない部分も受け入れてくれるあなたに出会えてよかった、という世界です。「泣いていいよ」は、男性が泣きたい時に女性の前で泣くのは凄く恥ずかしいことかもしれませんが、でも私の前だったら弱い自分を見せて泣いてもいいよ、抱きしめてあげる…という、女の子の温かい気持ちを歌っています。これは是非、男性の方に聴いて欲しいですね。
──そんなことを言ってくれるMay J.さんみたいな彼女がいたらなぁと空想しながら、聴いて欲しい?
M:ははは、そうですね。あと「Shine Bright」は私が作詞した曲ですが、この曲は「泣いていいよ」よりは少し前向きで、いつまでもクヨクヨしていちゃダメだよ、という世界です。昨日のことは忘れて、今日は新しい一日だと思って頑張ろうよという応援歌みたいな感じです。これは恋人だけじゃなく、友達同士とか、そういう間柄にも響く歌詞になっていると思います。
──因みに「Eternally」はウエディング・バージョンということですが、前作との具体的な違いはどんなところにあるのですか?
M:今回は音源も歌も全て録り直しました。テンポも少し下げて、前のバージョンではピアノが小刻みに入っていて元気よく歌っていたのですが、今回のはもう少し大人っぽく伴奏も弦楽器で仕上げてあって、そのストリングスの中で、歌も自由に自分のペースで歌っています。
──非常に聴き応えのある曲に仕上がっています。
M:ありがとうございます。
──そしてカヴァー曲では「涙そうそう」と、大ヒットした韓国映画“猟奇的な彼女”の主題歌 「I Believe」の日本語バージョンの2曲が収録されています。まず、「涙そうそう」は、バラエティ番組の中で歴代最高得点を出した曲ですね。
M:この曲は凄くリクエストが多くて、個人的にも大好きな曲なので、歌ってみたかったです。さらに今回のアルバムコンセプトにも合っている楽曲でもあります。
──一方の「I Believe」の日本語バージョンは、どんないきさつで選ばれましたか?
M:こちらは、実はBIGBANGのV.Iさんとコラボしようということで選曲したものです。初めての試みなのですが、これも聴きものになっていると思います。
──さて、今回のアルバムの中で敢えて選ぶとしたら、ご自身がオススメというか注目して欲しい楽曲はどれですか?
M:選ぶのは難しいのですが、歌詞ということで敢えて言えば「きみの唄」ですね。例えば二番のフレーズにある“生まれ変わる事は ナニかを捨てる事 そして後悔しない事”という部分、これは読んだ通りの意味なんですが、聴く人がおかれている立場によっては、色々な意味に変わってきます。詳しく話しだすと、凄く深い話になっていっちゃいます(笑)。その前のフレーズにある“自分のためじゃなく 誰かのためにだけ 耐えられる痛みがある”という言葉も、恋人関係だけではなくて親子関係などいろいろなシュチエーションに当てはまる言葉です。つまり、聴く人が今いる立場によって、微妙に異なる世界観が広がっていく歌詞になっていると思います。
──一方、レコーディングはいかがでしたか?特に苦労されたとかありますか?
M:歌詞という面で行くと、「泣いていいよ」という曲で、この曲は音程をあまり意識しないで、歌詞をそのまま読むように、感じたことを感じたままに歌うようにしました。具体的に言うと上手く歌おうとか、ピッチがズレないようにとか、あまり気にしませんでした。それより聴いた時に、すっと歌詞が入ってくるというのを一番大切にして歌いました。
──これを聴いて、May J.さんの胸で泣くというシーンを思い浮かべる妄想男子が急増しそうです(笑)。そういえば今回はDVDに3曲のミュージックビデオが収録されていますね。
M:「きみの唄」 と「Lovin' you」 と「Eternally」の3曲です。その中で「Lovin' you」 は、今まであれこれ迷いがあった中で、自分を見失いそうになったこともあったけど、やっと愛を見つけたという世界観なので、その心境の変化を見せられるような映像になっています。シーンとしては、もう壮大な自然の中で、私が一人で歌いまくっています(笑)。一方「きみの唄」 は歌っているシーン以外に、カメラに向かって泣いているシーンや笑っているシーンも入っています。そういうシーンで、本当にきみと一緒にいる瞬間というのを切り取っています。
──それも妄想男子必見ですね(笑)。因みにカメラの前で泣いたりするのは難しくないですか?
M:簡単ではなかったけど、気持ちを作って頑張りました。
──さらにDVDには、今年の4月に渋谷でやったライブの映像も入っていますね。
M:はい、ライブの様子が100分以上入っていますから、存分に楽しんで欲しいですね。私は今年でデビュー7年になりますが、このライブでは7年分の私をステージで表現しています。それこそ踊って歌って、バラードも聴かせての構成です。テレビ番組のカラオケ採点対決で私を知っていただいた方々にも、大勢ライブに来て頂いていて、May J.にはこういう面もあるんだっていうのを分かって頂けた、そんな内容になっています。
──デビューから7年を振り返って、最近自分自身の中でヴォーカリストして進化したと思うことはありますか?
M:自分が作詞をしたしないにかかわらず、オリジナルでもカヴァー曲でも、あるいはどんな場所でも、自分らしくしっかりと表現をして人に聴かせる、ちゃんと伝えられるのが本当の歌手なんだなって思うようになりました。何を歌うにしても、どんなジャンルでも、例え自分が生まれる前に流行った曲であっても、自分らしく歌えるようになれたんじゃないかなと思っています。
──その思いは『Love Ballad』でも、表現されていますか?
M:今回のアルバムは、全ての曲が最後には心が温まるような歌詞にしたかった。生きていく過程で色々なラブがある中で、私は3歳の頃から歌手を目指してきて、その中でも辛いことが沢山あったし、もうダメだって思った瞬間も何度もあるんですが、それを乗り越えられてきたのは、近くに沢山の愛があったからだと思います。家族ももちろん、仲間や友達や、そういう愛があったから、自分は今ここにいる。そう感じています。そういう温かい愛を沢山の人に感じてほしいと思っていて、このアルバムを作りました。自分の大切な人と一緒に聴いたりとか、寂しいと思う時に聴いてもらって頑張ろうと思ったりとか、皆さんが身近に愛の存在を感じる時に、このアルバムが一緒にいてくれたらいいなと思います。
──そして9月21日から全国9箇所でライブが始まっていますね。今年は春秋連続のツアーになりますけど、今回の見どころを教えて下さい。
M:全会場、フルバンドでやります。さらに全会場指定席にして、着席でゆっくりと聴いて頂けるようにしました。テレビ番組から私を知ってくださった方は年配の方も多いので、ゆっくりと聴いてもらえるように着席スタイルにしました。選曲はベスト盤とカヴァー盤からで、しっとりした曲が多めですが、時には盛り上がる曲もあるので、両方の私を見せられたらいいなと思っています。そのツアー中に、今回の『Love Ballad』がリリースされるので、新曲も歌っています。
──ツアーは一般発売日に即日完売だそうですね。
M:ありがとうございます。ただ自分の中ではまだまだだと思っていますので、これからが勝負だと思っています。
──ベスト盤が出て、カヴァー盤が大ヒットして、ツアーも完売ですから、ますます飛躍が期待されます。では最後に今後の抱負をお聞かせ下さい。
M:カヴァーを入口に、凄く幅広い年代の方々に自分の歌声を届けることができたのではないかと思っています。そしてそれをきっかけに新しい自分を見つけることが出来ました。今までは自分の同年代が聴くようなものを重視して歌ってきたのですが、そこだけじゃなくて、もっと沢山の人に聴いて頂けるように、しっかりと歌を届けることができるように、これからもずっとやっていきたいです。自分のこだわりではなく、聴きたい人が求めているものにしっかりと応えていきたいです。
【プロフィール】
1988年6月20日生
日本、イラン、トルコ、ロシア、スペイン、イギリスのバックグラウンドを持ち多彩な言語を操るマルチリンガルアーティスト。
幼児期よりダンス、ピアノ、オペラを学び、作詞、作曲、ピアノの弾き語りからアパレルブランドのカタログモデルをもこなす。
2006年ミニアルバム『ALL MY GIRLS』でデビュー。2009年5月にSugar Soul feat. Kenjiの名曲「Garden」のカバーを収録した2ndアルバム『FAMILY』は、オリコン週間アルバムチャート4位を記録し、翌年にリリースした3rdアルバムと、2作連続でオリコン週間アルバムチャートTOP10内にランクイン。
全国各地で毎年約100本、海外ではNY、LA、シカゴ、ロンドン、モスクワ、オマーン、台湾、上海、韓国、などでもライブを行う。
2008年からNHK BSプレミアムと世界の180以上の国と地域に放送されているNHK WORLDの音楽番組“J-MELO”のメイン司会を務める。