今はもう当たり前になってきた日本人ミュージシャンの海外活動。長引くCD不況で海外レコーディングこそ減っているものの、楽曲提供に関しては、日本と海外の区別はなくなっているし、海外でリリースされて高い評価を受ける日本人も増え、世界進出を掲げ、ワールドツアーを目指すアーティストも多くなってきた。デビュー以来、ファーギー、B・ハワード、ファー・イースト・ムーブメント、オマリオン(ex B2K)やT-ペイン、東方神起やSHOWなど、数多くの海外アーティストとコラボしてきた倖田來未もその1人だが、彼女の場合は、一度きりのコラボで終わらず、友達感覚での交流も続けている、数少ないアーティストである。
結婚、出産を経て、約2年ぶりとなるサマーシングル「Summer Trip」で特筆すべきは、やはり、コリオグラファー/ディレクターのファティマ・ロビンソンとの映像製作だろう。
倖田とファティマの出会いは2008年の春。ブラック・アイド・ピーズのメンバーであるキース・ハリスが作ったR&Bナンバーで、倖田とファーギーがコラボした「That Ain't Cool」(40枚目の夏のシングル「MOON」収録)のPV撮影である。ファティマは、マイケル・ジャクソンの「remember the time」(1992)をはじめ、最近ではビヨンセの主演映画“ドリームガール”(2007)の振り付けで知られるコリオグラファーであり、前述のブラック・アイド・ピーズやファーギーのPV、更にGAPやNAIKIのCMを手がける映像作家。かねてから、“また機会があったらぜひ一緒にやりたい”と語り合っていたふたりは、本作に収録された2曲、「LALALALALA」と「TOUCH DOWN」のPV撮影で再会を果たしている。倖田がLAを舞台にした海外でPV撮影をするのは、「anytime」(2008)年以来、実に5年ぶりである。
倖田來未(以下、倖田):最近は時間がなくてなかなか海外での撮影が実現できなかったんですけど、1年の中でいちばん大事にしている夏のシングルで、新しいスパイスを入れたいなって思ってたんですね。だから、このタイミングで、私がカッコいいと思ってるBEPやファーギーを撮っているファティマにお願いしようと思って。「LALALALALA」は、ロスのヴェニスビーチで、現地のパフォーマーやスケーターと一緒に撮ったんですけど、ほとんどアドリブでやってるから、本当にみんなが楽しんでるっていう絵になってて。私自身、すごく開放的で明るい気持ちになったし、撮影中もすごくハッピーな気分でいっぱいだったんですよね。夏っぽさはもちろん、ロス感もあるし、きっと観てくれた人も笑顔になれる映像になってると思う。「TOUCH DOWN」は、白ホリのスタジオで私をクローズアップした映像になっていて。そのシンプルさが新鮮だったし、ファティマがプライベートで着ている私服も持ってきてくれて、ファッションのディレクションもしてくれたんですね。全部で8体くらい着替えてるんですけど、例えば、バングルをヘッドアクセに使うのも彼女のアイデアだし、バンダナも彼女自身が巻いてくれた。今回はメイクさん以外は、すべて現地のスタッフだったのも新鮮でした。みんなで一緒に作りあげた感の強い作品になったんじゃないかと思いますね。
そこには、やってもらう感じで寄りかかるのではなく、音楽を好きな物同士が、友人感覚で対等に作品を作り上げていく意識の高さも見える。それは、彼女達のなかで、国籍の違いを超えて分かりあえる<感覚>の共有、共感があるからだろう。
改めて、楽曲に関して説明すると、リード曲「LALALALALA」は、エッジーで骨太のヘヴィーなバンドサウンドに、耳心地のいいメロディラインをのせた、シンガロング系のミクチャーロックナンバーとなっている。このサウンドを聴けば、レッチリやリンキン・パークを生んだLAで撮影した意味も理解できるはず。倖田本人による歌詞は、サビで繰り返されるコール&レスポンス=合言葉をテーマに書かれている。
倖田:一度、耳にしただけでみんなで口ずさめるようなメロディだったので、ライブでもみんなと一緒に盛り上がって、歌える曲にしたいなって思ったんです。例えイヤなことがあっても、みんなで<♪ラララララ>って歌えば気持ちが前向きになれる、それが、私とみんなとの合言葉になればいいなって思ったんです。下を向いているばかりだと間違った選択をしちゃうから、そういう時こそ明るい笑顔をイメージして、楽しんで歩いていって欲しいなっていうメッセージを込めていますね。
そして「TOUCH DOWN」は、10枚目のアルバム『JAPONESQUE』に収録されていた「Boom Boom Boys」「V.I.P feat. T-PAIN」を提供したロス在住のドイツ人プロデューサー/ソングライターで、ビヨンセやアリシア・キーズも手がけたヒットメイカーによるR&Bナンバーとなっている。2年前から温めていた曲で、今回は、ミックスダウンもLAで行っている。
倖田:この曲の存在もあって、LAで全部やってしまおうっていうことになって。歌詞は耳触りを重視して書いたんですけど、目先のことではなく、もっともっと遠くのことを見ていこうって歌っていますね。英語のサビの部分は、本当は上ハモがメインなんだけど、私は低音が強いので、下ハモをメインに感じるくらいにあげてもらって。
倖田來未の声質を生かした、クールな印象のミックスにしてもらいました。
さらに本作には、最新のエレクトロ・ダンス・ミュージックを幸田流にブレンドした「Is This Trap?」も収録されている。
倖田:テーマは東京ですね。私は、夢を叶えたいっていう一心で東京に出てきた。私は悪い方には染められなかったけど、東京はいいことも悪いことも最先端だから、例えば1つの出逢いが、いい罠なのか悪い罠なのを見極めて、自分で線引きをする必要があるなって感じてて。それでも、私にとっては、東京は夢を叶えた場所だし、田舎でレッスンに通いながらオーディションを受けているよりも近道だと思う。ポンと出来た人脈が急に仕事とつながる経験もしているし、夢を叶えるなら東京に出てきた方がいいなと思いますね。
また、本作のジャケットは、サマーシングルとしては「4hot wave」(2006)以来、7年ぶりの海外、しかも、屋外で撮影されている。露出の多い水着での撮影だが、倖田來未の攻めの姿勢は、出産してもなんら変わっていないことが分かる。
倖田:マリブビーチで撮影したんですけど、獄寒で鳥肌まつりでした(笑)。でも、みんなに夏の開放感をダイレクトに伝える写真にしたいなって思っていたので、夏を満喫している、セクシな女性をイメージしながら、笑顔でがんばりました! また、現地のラジオをイメージしたインタールードも作ったので、このシングルを聞けば、いつでも、どこでも夏にトリップできるって感じて聴いてもらえたらなって思います。
パッケージを手にとり、CDを取り出し、プレイボタンを押し、彼女が低い声を吐くと、目の前の景色が変わる。空気や温度も変わる。そこは、多様な文化が混在し、熱気があふれるビーチタウン。“ここではない、どこかへ”と連れていってくれる、彼女の歌声にぜひ触れてみて欲しい。
取材・文/永堀アツオ