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──今年の11月7日で結成10周年。振り返ってみて、いかがですか?
石垣優(以下、優):あっと言う間でしたね。よくテレビなんかで“10年目です”と言うアーティストさんを見ると“すごいな〜”と思っていたんですけど、実際に私達が10周年と言われると“えっもう10年も経った!?”という感じです。
東里梨生(以下、梨生):気がつけば10年経っていて、気がつけば28歳になっていた。ビックリです(笑)。
──11月7日が結成記念日と言うのは?
優:高校卒業後、ふたり揃って大阪の音楽専門学校に進学したんですけど、その校内オーディションで初めて“やなわらばー”として歌ったんですね。それが、2000年11月7日だったんです。
──そもそも、音楽の専門学校に進学しようと思ったのは?
梨生:私達が生まれ育った石垣島は、音楽が盛んで、バンドをやっている人も多い割に、スタジオやライヴハウスがすごく少ないんですよね。だから、将来、高校生や中学生でも気軽に練習できるようなスタジオが作れたらと思って、音楽専門学校の音響科に進学したんです。
優:私は、とにかく島を出たいというのが先で、何が何でも進学したかったんですけど、好きな事じゃないと続かないと思ったので、大好きだった歌を選んで、ヴォーカル科に進学しました。
────そんなに島を出たかったのですか?沖縄というと非常に郷土愛が強い土地柄のようなイメージがあって、みんな外に出たくないのかと思っていましたが。
優:私は、とにかく早く島を出たかったですね。石垣という小さな島で生まれて、その中だけで育って、今は飛行機の直行便もたくさんありますけど、昔はとっても不便で、外の世界と遮断されているような、閉じ込められているような感覚だったんですよね。とにかく外に出たかった。
梨生:石垣では、高校を卒業したら外に出るというのが、もう文化になっていて、私も早く、外に出たかったです。
──それで、実際に石垣島を出てみて、いかがでした?
梨生:自分でもビックリしたんですけど、ひと月もしないうちに、見事にホームシックになって(笑)。
優:出て行く時は、もう戻って来ないゾくらいの勢いだったんですけど(笑)。
──いわゆるカルチャー・ショック?
優:石垣島との違いがあまりに大きくて、戸惑う事ばかっかりで。例えば、石垣のコンビニでは、お刺身を売ってるのがフツウなんですけど、こっちでは売ってないとか(笑)。そんな、どうでもイイ事から始まって・・・。
梨生:沖縄県は鉄道がないから、電車の乗り方とか切符の買い方もわからなかったんですよね。でも、みっともないから人に聞けないし。
優:一番大きかったのは、友達付き合いですね。石垣では、友達はみんな物心ついた時から知ってる幼なじみ。初めて出会う人と友達になるという経験がなかったから、大阪でどうやって新しい友達を作ったらいいのかわからない。
梨生:それで、結局いつも、島人(しまんちゅ)だけで集まって故郷を懐かしむ話ばっかりしてて…。
──自分がそんなに故郷愛を持っているとは思っていなかった?
優:全く思ってなかったですね。三線の音もわずらわしいと思っていたし、海が綺麗だとか、そんな事を意識した事もなかった。
梨生:それが大阪に来たら、テレビで沖縄の番組があったり、ラジオで沖縄の歌が流れただけで、泣きそうになって。“今、沖縄のテレビやってるよ〜”って、島人みんなに即効でメールしたり・・・そんな自分に、ほんとにビックリしました。
──石垣島に対する気持ちが大きく変わった?
梨生:180度変わりましたね。1年生の夏休みに初めて帰省したんですけど、飛行機から見えた景色の美しさ、海の碧さにビックリして。ずっと生まれ育った土地なのに、その美しさに全く気づいてなかった。あの時の衝撃は一生忘れられないですね。
──そんな頃に、ふたりで歌を作り始めたんですね?
優:最初は、ホームシックを紛らわすために、島人が集まった時に少しずつ歌っていったのがキッカケだったんですけど、一旦、島を離れて、初めて帰省して、島に対する気持ちが大きく変わって、そういう変化の中で、3ヶ月くらいかかって作った曲が「青い宝」だったんです。
──ニュー・アルバム『ゆくい歌』のテーマは、沖縄・石垣島。10年前、故郷への想いから「青い宝」という曲が生まれて、校内オーディションで優勝。そこから音楽活動が始まり、10年を経た今、再び、故郷と向き合う作品を作ろうと思ったのは?
梨生:この10年間、私は割と頻繁に石垣に帰っているんですけど、帰る度に景色が変わっているんですよね。開発が進むというのは、石垣に限った事ではないと思うんですけど、本当にどんどん景色が変わっていく。当たり前だと思っていたものが、どんどん消えていく。優ちゃんの家の前もすぐ海だったんですけど、今は埋め立てられて。
優:海がすごーく遠くなってしまいました。
梨生:島で暮らす人達にとっては、便利になっているんだと思うんですけど、なんだか、これでいいのかと思ったり。外から見ているから気づく事というのもあるんですよね。10年前、石垣を懐かしんだ時に感じたものと、今、思う事は随分違ってきていて、だから、今だからこそ歌える島、今だからこそ歌っておかなくちゃいけない事があるんじゃないかと思ったんです。
優:音楽を始めて10年が経って、島に対しても、都会に対しても、見えているものが違ってきているんですよね。それは、これから先もまた変わっていくんだと思うんです。そういう変化の中で、10周年というのは一回しかないわけだから、今、しっかりとこれまでの10年を見直しておきたいと思ったんです。私達は、リリースのペースがすごく遅くて、前回のオリジナル・アルバム『歌すぐい』から3年が経っているんですけど、その間に、ふたりで本当に色んな話をして、たくさんの曲を書きためてきました。今回は、その中から、原点回帰と、これからのやなわらばーを見つめるというコンセプトに絞って選曲しました。
──これまでの作品は、優さん、梨生さんそれぞれが作詞・作曲したものが多かったですが、今回の『ゆくい歌』では、作詞・作曲がおふたりの連名となっています。楽曲作りは、具体的にはどんな風に?
梨生:色々な作り方があるんですけど、例えば、どちらかが持ってきたメロディーを軸に、ふたりで固めていくとか、Aメロだけが出来ている曲に、こんなBメロはどう?と組み合わせていったりとか。作り方のバリエーションが増えた事で、メロディーの幅もすごく広がったと思います。
──歌詞の共作というのは、どんな風に?
梨生:作詞に関しても色んなパターンで書けるようになってきましたね。ふたりでテーマを決めて、それぞれが思う事を書いてきて、お互いのフレーズを組み合わせていったり、ふたりでストーリーを作っていく時もあるし。
──作詞・作曲ともに共作するようになって、感じる変化はありますか?
梨生:レコーディングがスムーズになりましたね。これまでは、どちらか一方が作った曲をふたりで歌うというパターンだったので、ゴールは一緒なんだけど、バラバラにスタートして途中で合流みたいな感覚だったんです。でも、今回は、スタートからゴールまでふたりで一気に一直線という感じです。ヴォーカルも、ふたりで同時に録った曲が多いんですけど、すっごく息が合ってる。それを実感しました。
──それでは、収録曲について、1曲ずつ詳しくお聞かせいただけますか。まずはオープニングの「こころ」。これは、沖縄の言葉で歌われているのですか?
優:歌詞カードには標準語で意味を書いてますけど、実際に歌っているのは石垣の方言です。沖縄方言とは、随分違うんですよね。沖縄の人がこの曲を聴いても、わからないかもしれないです。それくらい違う言葉なんですよ。
──敢えて、石垣の言葉で、アルバムのオープニングを飾ったのは?
梨生:この曲は、2年前からライヴのオープニングで歌っている曲なんです。それ以前のオープニングでは、八重山民謡の「てぃんさぐぬ花」を歌っていたんですけど、“これから、やなわらばーのライヴが始まります。やなわらばーの世界へようこそ”という挨拶の歌を、ちゃんと自分達の言葉で歌いたいと思って作った曲です。
──2曲目の「アカユラ」は、郷愁を誘うメロディーで、石垣の様々な風景が描写されていますが。
梨生:ここで描いてる景色は、今の石垣島の景色ではないんです。私達が子供の頃に見ていた景色なんですね。開発が進んで、生活が便利になるのは良い事だから、気持ちとしてはすごく複雑なんですけど、何とか、私達の記憶の中の石垣を残しておきたいなと思ったんです。歌だったら、ずっと残るでしょう。
──そんなに大きく変わっていますか?
梨生:例えば、タイトルの“アカユラ”と言うのは、八重山の方言で“でいご”の事で、沖縄の県花にもなっているんですけど、実は、最近は、でいごの花も咲かなくなってきているんですよね。みんな一生懸命に保護しようと頑張っているんですけど。
優:歌詞の中に“サバニ”という言葉が出てくるんですけど、これは、海人(うみんちゅ)が、自分の家で食べる分の魚をとる時に使う小舟の事なんですね。昔は、どこの家でも、サバニで魚をとっていて、海岸はサバニだらけだったんです。でも、今は、サバニを全く見かけなくなった。畑仕事をしているおじぃの姿も見かけなくなったし、おばぁが機織りしている音も聴こえてこない。畑の後ろに沈む夕日も見えなくなった。たった10年で、こんなに変わっちゃうのかって。
──敢えて、こうした曲を書かれたのは、どんな意識からですか?
優:是非、石垣の人に聴いてほしいと思って。例えば、小さい子がこの曲を聴いて、“サバニって何?”とお母さんに聞く。そこから、サバニで魚をとってみようと思う子が出て来るかもしれないし。どんな小さな事でもいいから、何かのキッカケになったらいいなと思います。