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──『My Classis!』『My Classics2』と、アルバムが大きな反響を呼んでいますが、ご自身では、どんな風に受け止めていますか?
とにかくうれしいです。クラシック曲というのは、みんなのものなんですよね。クラシック・ファンの方々が、それぞれ、ご自分の曲のように大切に聴いて来られたものだから、そういう方々にも気に入っていただけるのかと心配もしていたんですけど、本当にたくさんの方に聴いていただけて、すごく感謝しています。『My Classics!』では、昨年、レコード大賞・優秀アルバム賞もいただいて、本当にうれしく思いました。
──今年5月には、岩谷時子賞・奨励賞も受賞されましたね。作詞家の岩谷先生の賞という事で、感慨もひとしおなのでは?
デビュー当初から、歌詞は書いてきましたが、こんなに集中して書くようになったのは『My Classics!』からなんです。自分自身でも、これほど作詞に注力するようになるとは思っていませんでした。元々、歌詞を書くのは苦手で、いつも作詞に対して不安があったんですけど、『My Classics!』『My Classics2』という作品を通して、何編も書いていくうちに、だんだんと歌詞を通して自分の想いが書けるようになって来ました。その矢先の岩谷時子先生の賞だったので特にうれしかったですね。これからも、歌詞を書いていきなさいと励まされたようで、今後も迷わず歌詞を書いていこうという気持ちになりました。
──作詞という点では、「カンパニュラの恋」(2008年11月リリースのシングル「ノクターン/カンパニュラの恋」に収録)から、歌詞への意識が大きく変わられたように感じているのですが、ご自身ではいかがですか?単に心情を露呈する歌詞ではなく、物語としての“歌”に変わられたような印象があるのですが。
まさにその通りですね。「ノクターン/カンパニュラの恋」のあたりから、歌詞だけではなくて、歌自体もちょっと見えて来たような気がしたんです。デビュー当時から、歌って何なんだろう、本当の歌ってどこから出て来るんだろうと考える事が多かったんですけど、「ノクターン」「カンパニュラの恋」を歌っていた時期というのは、それまでに経験した事のない悩みと直面していて、本当に迷い苦しんでいた時期でもあったんです。もう立っているだけでも辛いというような時もあったんですけど、それでも歌わなくてはいけない。でも、そんな状態で「ノクターン」「カンパニュラの恋」を歌った時に、本当に人の痛みとか苦しみがわかったような気がしたんですね。本当に心から歌えたし、初めて歌と自分の心が繋がった感じがしたんです。あぁ、歌ってこういうものなんだって。その時から、歌詞を書く事に対しても、大きく意識が変わったように思います。
──9月29日リリースのニュー・シングル「Greensleeves」では、イングランドの伝統曲をカヴァー。今回、この楽曲を取り上げようと思われたのは?
ずっと気になっていた曲なんですね。子供の頃から大好きで、電話の保留音にも使われていたりして、ずっと身近にあった1曲だったんです。誰もが知っている名曲ですよね。でも、すごく不思議なオーラを持った曲だなとも思っていて、とても興味があり、取り上げてみたいと思いました。
──メロディーには、どんなイメージを?
「Greensleeves」は、イングランドで最も古い民謡と言われていて、クラシックよりも古いんですよね。作者もわからない。でも、その作者不詳というのが、逆に納得できる気がしするんですね。誰かが作曲したのではなく、自然と生まれたメロディー、人の手を加えていないメロディーに聴こえるんです。浮かんできたのは、人がまだ足を踏み入れていない森林。妖精が住んでいそうな森。そこに吹いている風や木漏れ陽。人の手では作れない、人の力では変える事のできない自然というものを感じました。それは、自分自身に置き換えてみると、まだ自分でも触れた事のない感情、ずっと自分の中に秘めてきたもの、触れたいけど触れたくない、知りたいけど知りたくない、心の中のそういう一部分と繋がる気がします。
──原曲の歌詞については、どんな印象を?
実は、今回カヴァーするまで、この曲に歌詞がついていたとは知らなかったんです。小学校では、リコーダーで習った曲だったし、ずっとメロディーだけの印象だったんですね。今回、色々と勉強して、原曲の歌詞も初めて読んだんですけど、許されない恋を描いた歌だったと知って、ビックリしました。でも、その歌詞を読んで、すごく泣けたんですね。自分の想いを伝える告白の歌にも聴こえたし、祈りも感じた。だから、カヴァーにあたっては、私がこの曲から感じたインスピレーション・・・大切にしておきたいもの、祈り、告白の歌・・・そんなテーマで歌詞を書いてみようと思いました。
──具体的には、どんな風に歌詞を発想していくのでしょう?
何も変える事ができない究極のメロディーのような気がして、だから私も、愛を伝えるための、究極の愛の言葉を書こうと思いました。ポイントは、最後のメロディーでした。この曲の一番最後に何を言うのか。
──♪あなたを愛しています〜という最後の一行?
あの一行が最初に出てきたんですよね。曲の雰囲気を掴むためのデモ・レコーディングの段階では、まだ歌詞はなくて、“綾香語”という日本語でも英語でもない言葉で自由に歌っていくんですけど、その時に出てきたフレーズが、♪あなたを愛しています〜だったんです。愛していますという言葉は、恋愛だけではなくて、親や子、家族に対しても伝える言葉だし、自分も相手も幸せにしてくれる、温かくしてくれる魔法の言葉のようにも思えて、最後のメロディーには、この言葉を絶対使おうと思ったんですね。そこが出発点となりました。
──クリスマス・シーズンの街を描写しながら、主人公の切ない想いを描いたラヴソングですが、平原さんご自身は、どんな物語をイメージされましたか?
いつも、皆さんの心に寄り添うような歌詞を書きたいと思っているので、あまりイメージを特定する事はしないんですよね。だから、どんな風にも捉えられると思うんです。誰かに想いを告げる愛の告白でもあるし、別れてしまった恋人への想い、あるいは、亡くなった人を想っているのかもしれない。でも、クリスマスの時期に、自分は一人でいて、楽しそうに語り合う恋人同士を見ても、雪を見ても、何を目にしても、常にある人を想ってしまう。全ての景色の中に愛する人がいる感覚って、きっとみんなにも理解して貰えると思うんですよね。
──平原さんご自身は、どんな事を?
最近、15年間一緒に過ごしてきた愛犬のピピが天国へ行ってしまったんです。いつも散歩していた道や色々な場所にピピの思い出があって、すごく切なくなるんだけれど、でも、一緒に過ごした時間がとても大切なものに思えたり、その頃の幸せだった想いが蘇って来たり、決して悲しい気持ちだけじゃないんですよね。大好きな気持ちは変わらないし。みんな、それぞれ境遇は違っても、誰かを大切に思う気持ちは同じだと思うんです。離れていても一緒にいる、もう会えなくても心で繋がっているという感覚は、きっと、わかって貰えると思います。
──印象的なフレーズがたくさんあるのですが、まず、♪忘れられたら いつかまた出会えたら〜という1行。この矛盾する想いこそが、恋心だったりしますよね。
「Greensleeves」の原曲の歌詞にも、すごく強い想いが書いてあるんですよね。許されない恋で、もう会えないんだけど、会えないその人への想いが、とても強い言葉で書かれているんです。それを読みながらも思ったんですけど、やっぱり、会いたいけれど忘れなきゃいけない、この矛盾した切なさ。だけど、また会える日が来るんじゃないかと、儚い期待もどこかで抱いている。そんな気持ちを言葉にしたフレーズですね。
──♪悲しみの中では 時に過去も今だから〜という1行もとても印象に残りました。そういう想いも、誰もが経験している事だと思います。
自分がすごく安定している時は、今を生きていられるけれど、不安定だったり、悲しかったりすると、過去を振り返って、あの時、ああすれば良かったとか、こう言えば良かったとか後悔ばかりを繰り返す。人はよく“今を生きなさい”とか言うけれど、悲しみの中にいる人にとっては、過去も“今”なんですよね。“過ぎた事”にくよくよするなと言われても、悲しい時は、“過ぎた事”にはできないですよね。
──心というのは、タイムマシーンみたいな所がありますね。
そうなんですよね。人間の心というのはとても巧みにできていて、過ぎた事も、まるで今の事のように思い出せる。それは素晴らしい事で、楽しかった出来事や感激した事も、その時の感情が蘇って、また、それを味わえる。だけど、それが、悲しみや苦しみの方ばかりに行ってしまうと、その記憶から出られなくなってしまう。誰もが、そういう経験をしていると思うんですね。そんな事を思いながら、書いた1行です。
──とても気になったのが、♪あなたの音楽は今でも響いているから〜という一節の“あなたの音楽”という表現。これは?
「Greensleeves」の原曲の歌詞にも、実は“あなたの音楽(thy music)”という言葉が出てくるんですね。私はその表現にすごく共感したんです。歌詞としては、例えば“あなたの声は今でも響いているから”とか書いた方がわかり易かったと思うんですけど、私にって、人生は音楽で、例えば、生き方とか、仕草とか、感情とか、愛する人の全てが音楽に聴こえる時があるので、ここは、ちょっと自分らしく書いてみようかなって。そんな気持ちで“あなたの音楽”という表現にしました。