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──3rdアルバム『Documentary』が、いよいよリリースとなりますね。これまでのアルバムと比べて、いかがですか?
1枚目、2枚目は、設計図と言うか全体像を最初に描いてから、そこに向かって曲を作っていくような進め方だったんですけど、今回は、あらゆる制限を取っ払って、まず自分が表現したい事を出し尽くすという進め方をしたんですよね。とにかく、曲を生み出し続ける。出せるだけ出してみる。短期集中型だった1、2枚目に比べて、今回は、準備段階から長い時間をかけて臨んだので、こんな感じの曲を作ってみたらどうなるかと言う実験的な事も含めて、音楽と深く対峙する時間がたっぷり持てました。そこが大きく違いますね。また、今回は、セルフ・プロデュースという事で、どういう方向性で行くのか、どのテイクを良しとするのかなど、あらゆる事を自分でジャッジしたので、その点も大きく違うと思います。
──3rdアルバムのテーマとなったものは?
サウンド面では、原点でもあるアコギを、更に拡がりを持たせてどう表現していくのかというテーマがあったんですけど、でも、一番大きいのは、歌詞ですね。すべての言葉に対してリアリティーが感じられるかどうか。それが、今回のアルバムの1つの基準になったと思います。よりたくさんの人のより深い部分に届くような曲を作りたいと、いつも思っているんですけど、今回は、その方向性として、曲自体はすごく個人的に聴こえたとしても、その根っこの部分で色んな人と共有できる感情を、曲の中にどうやって写し取っていくか。それが、このアルバム全体を通して表現したかった事なんです。だから、アルバム・タイトルを『Documentary』としたんですけど。
──ドキュメンタリーとは、実際にあった出来事を描いたものを指しますが、そういう感覚?
実際にはフィクションなんだけど、ドキュメンタリーと言ってもいいくらい、今、自分自身の中にあるもの、あるいは、これからこういう気持ちになるだろうなというものを描いている。それが、このアルバムを貫いている軸ですね。
──楽曲作りは、どんな風に?メロディと歌詞とどちらが先ですか?
今は、どちらもありますね。詞先の曲もあれば、メロ先の曲もあるし、両方同時という場合もあります。楽曲のバリエーションという点では、曲の作り方、曲に対するアプローチ方法も、色々あった方がいいと思っています。
──今回は、特に歌詞にこだわったとおっしゃっていましたが、ご自身の詞世界、秦 基博ワールドというものは、どんな風に捉えていますか?
何気ない日常が特別なものに変わる瞬間とか、通い慣れているいつもの道で大切なものを発見したりする事とか、そこが詞を書く上でのポイントとなっていると思います。取り上げる題材やシチュエーションはありふれていても、その中に眠っている特別な何かをどう切り取るか、そこが僕のオリジナリティーだと思っています。
──歌詞を書く時は、どういう所から発想されていくのですか?
曲によってまちまちですけど、1つの単語から広がっていく事もあるし、メロディーからの想起で書く事もあるし。例えば、観た映画の1シーンに、自分だったらどういう音楽をつけるかなという発想から始まる事もあります。それが本の場合もあるし、スタート地点は、本当に様々ですね。
──それでは、歌詞について注目しながら、1曲ずつお聞かせいただけますか。まずは、オープニングの「ドキュメンタリー」。日常の中のある風景を切り取り、そこに主人公の心情を重ね合わせたストーリーですが。
この曲は、3回サビがあって、最後は必ず♪涙こぼれそう〜という言葉で結んでいるんですけど、1回目と2回目と3回目の涙は、どれも違う。少しずつ匂いが違うような気がするんです。日々生きていく中で流す涙というのは、淋しい悲しい涙もあれば、優しい温かい涙もある。みんな、毎日生きていく中で、1つの感情だけじゃなくて、色んな事を感じているんだという事を表現したくて書いた詞ですね。
──歩道橋を渡るベビーカーに手を貸す小学生たちの描写が、主人公の心の動きを伝えていますね。
歌詞としては、ベビーカーがあって、小学生たちが手を貸しているという事しか書いてないんですよね。それを見た時にどんな気持ちになるのか。その情景にジーンとくるかどうかは人それぞれだと思うんです。この歌の主人公は、その情景を見て、少し温かさと言うか、優しさを感じている。その事でちょっとだけ、自分の毎日に対しても少しだけ、前向きになれるような気がした。そこをどういう風に描けるかが、この歌詞のポイントだったと思います。
──続く「アイ」。今回のアルバムの中では、唯一のラヴソングですね。
今年の1月にシングルとしてもリリースした曲なのですが、今回のアルバムでは、愛情というテーマは全てこの曲に集約されている。他にはもうラヴソングは要らないと思ったんです。それくらい、自分なりに愛というものを突き詰めて作った楽曲ですね。
──「アイ」とカタカナにしたのは?
“愛”とは何なのかを表現した曲なので、タイトルも“愛”以外は考えられなかった。ただ、曲を作っていく中で、最初は孤独な“僕”=“I(アイ)”が、“あなた”という人と出会って変わっていく。その出会い(アイ)だったり、あるいは、♪目に見えないから アイなんて信じない〜というフレーズがあるんですけど、その目という意味での“eye(アイ)”だったり、色んな“アイ”が曲の中に散りばめられているので、敢えてカタカナにしたんです。カタカナにする事で、色んな受け取り方をして貰える曲になったのではないかと思います。
──「SEA」では、♪昨日の夜 観た映画に感化されて〜という出だしの“感化”という単語が歌詞としては新鮮ですね。
そうですよね。“感化”なんて、あまり歌詞の中で使う言葉じゃないですよね。歌詞でよく使われる単語や言い回し、いわゆる“歌詞言葉”というのがあると思うんですけど、僕はそれに囚われずに、自分なりに面白いんじゃないかと感じる言葉を、どの曲においても使っています。
──映画に感化された主人公が、海へと向かうストーリーですが、詳細な情景描写がとても印象に残りました。情景を描写する事で、主人公の心情を表すという作風は秦さんならではのものだと思うのですが。
情景描写というのは、その曲と聴き手、あるいは僕と聴き手を繋ぐものだと思うんです。同じ場面、同じ景色、同じ匂いを感じて貰いたい。だから、感じている想いを表す時、例えば、青空を見上げた時に、ただ“青い空”と書くのではなく、どんな青なのか。風を感じた時は、どんな風なのか。そこはすごく考えますね。
──続く「oppo」は、“おっぽ”と読めばいいんですか?
はい。恋人とか仲間という意味を持つスラングですけど、作戦という意味もあるみたいなんです。それで、恋愛の駆け引きを描いたこの曲の世界観にピッタリだと思って、タイトルにしたんですけど。
──恋愛の駆け引き、ですか?
恋愛が始まりかけている時って、自分の方が優位に立とうとして、出し惜しみしたりする部分があるじゃないですか。そういうのをもう取っ払っちゃおうよ。もう、お互い裸になって向き合った方がいいんじゃない?という歌なんですけど。
──♪つまるところは 灰になってしまいたいだけなのに〜というフレーズから、主人公は、この恋愛を終わりにしたがっている、恋愛の終焉を描いた曲かと解釈していました。
なるほど〜そういう解釈もありですねぇ。♪灰になってしまいたいだけ〜というのは、恋自体が終わるという意味もあるし、ただ気持ちを燃え上がらせたいだけという事でもあるし、最終的にはみんな灰になるんだ、どうせ死ぬんだしという感情も、すごく奥深い所にはあるんです。ちょっと説明し過ぎちゃいましたけど、僕的には、かなり色んな意味を込めたフレーズではあります。
──「猿みたいにキスをする」の主人公は高校生の男女かと思うのですが、このストーリーは、どんな所から?
この曲は、ギターを弾きながら自然と最初のフレーズが出て来て、そこからストーリーを考えていったんですけど。
──途中から、かせきさいだぁさんのラップが展開する構成ですが、このアイデアは?
元々、かせきさいだぁさんの曲が好きで、言葉の選び方とか、同じ符割の中でどれだけ言葉を詰め込められるのかとか、いつも興味深く聴いていたんですよね。それで、是非、お願いしたいと思って。僕の歌詞が1コーラスだけ出来ていた段階で打合せして、ラップ詞についてはお任せ。レコーディング当日まで、どんな詞になるのか僕も全く想像がつかなかったんですけど、本当にかっこよくて、♪君のローファーに覆いかぶさった 泥だらけのスニーカー〜という描写とか、実に素晴らしいなと思いました。僕が表現したかった世界観を、かせきさいだぁさんのフィルターを通して表現してくれた。初めての試みでしたけど、同じテーマを違う人が切り取り合って、それが1つの曲の中に共存している。そこがすごくイイんですよね。
──♪最初で最後の恋だと信じるにはあまりに ふたりともどこか大人びたようなところがあるんだ〜という2行。この冷めた感覚は、思春期の恋愛描写としては意外なような気もしましたが、よくよく考えてみると、高校生の頃なんて、先の事までは考えていない、ある意味無責任な恋愛なんですよね。
彼女の事は大好きなんだけど、この子だけじゃないような気がする。どこかにまだ違う何かがあるような気がする。そういう感覚は確かにありましたよね。もちろん、結婚なんて考えもしなかったし。それはわかっていながら、目の前の快楽に溺れていく、その危うい感じ。歌詞は、曲の中の2人の気持ちでも書いているし、一歩離れた大人な気持ちでも書いている。主観と客観が入り混じっている所も、この曲の面白さの1つだと思います。
──その後に「Halation」が続くんですよね。こちらは、昨年の夏の高校野球のテーマソングでしたが、「猿みたいにキスをする」と「Halation」を並べたのはあえて?
ここは、わざとこの並びにしたんです。「猿みたいにキスをする」のドロドロした感じと、「ハレーション」の躍動感。同世代の事を描いている、この対照的な2曲を並べる事が、僕の中では、すごくバランスが良い感じがしたんですよね。
──高校野球を描いた曲ですが、テーマとして着目した点は?
僕がずっと高校野球に対して思っていた事は、その時はそれが全てに思えるかもしれないけど、でも、そこで終わりじゃないんだぞっていう事なんですよね。最後に勝ち残るのはたった1校で、後は全て負けて終わるんだけれども、その負けが、10年後の勝ちに繋がるかもしれない。10年後にプラスとなる可能性もある。要するに、勝っても負けても、今はまだ、未完成なんだよって、それを強く言いたかった。だから、歌詞の中でも“未完成”という言葉を何度も使っているんですけど。
──秦さんご自身の高校時代は?
僕自身は、バスケをやりたかったんだけど、部活の練習がきつくてやめちゃった。でも、そのお陰で音楽に繋がる道が開けたんですよね。その時は、すごく悔しくて、悲しい思いをした事でも、それを、その後どう繋げていくかは自分次第なんだっていう事。「Halation」を通して一番言いたかった事は、そこですね。